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藤野 法螺貝

Author:藤野 法螺貝
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DATE: CATEGORY:音楽
市民吹奏楽団のアンサンブルコンサートを
見に行ったことがある。
その時はプロのクラリネット奏者をお招きして
団員たちと木管アンサンブルを演奏していた。
アマチュアに混じって、
音楽に身を任せるように演奏するプロは
とても印象的だった。

そして私は開眼してしまった。

プロは演奏する時に身体を動かす。
身体を動かして演奏すると、プロっぽい。
演奏が多少問題があっても
身体を動かして演奏すると、素人目は誤魔化せる。

それ以来、
ちょっと大げさかなと思うくらい
心のままに音楽に身を任せて
演奏することにした。

ところが恥ずかしいこともある。
PTAコーラスの反省会などでVTRを見ると
ひとり、異常に張り切っているおばさんがいて
それが必ず私自身なのだ。

うん、これは恥ずかしい…

そんな多彩な人生経験を経て、今回の
夫婦で参加している合唱団の演奏会が行われた。
本番前に先生が
「音楽に乗って、楽しんで歌いましょう」
と何度も何度も繰り返した。

演奏会本番は本当に楽しかった。
アルトパートの一員として、
欠片ほどの責任感はなく、
緊張感もなく、
素晴らしい音楽に囲まれて歌うということは
こんなにも至福の時なのか。
過去のPTAコーラスの反省をものともせず、
大きな口を開けて、体を左右に動かし
満面の笑みで歌い終えた。

高揚した気分のまま帰宅して
夫チャルメラと「お疲れさん会」をしていると
チャルメラが言い出した。

今回はノリノリで歌ったから
VTRを見るのが恥ずかしいな。


私だけではなかったんだと
ちょっと安心したが、
先日、合唱団の打ち上げで
演奏会の様子のVTRを見たら
私達夫婦のノリノリ加減は
まだまだ甘いということがよくわかった。

うん、とてもよくわかった!


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DATE: CATEGORY:音楽
しばらくの間、
お尻や腰やふくらはぎがなんだか痛いなと
おろおろしていたら、
急に原因がわかった。

合唱団のコンサートがあったからだ。

わたしにとってはコンサートというより
発表会という方がイメージに合うが
とにかくヒールのある靴をはいて
数時間、立ったり座ったり
歌をうたったりしていた。

ヒールがあると言っても
3cmくらいである。
それでも普段はいていないから
立つために使う筋肉が普段と違うらしく
身体のあちこちが悲鳴を上げている。

そういえば、本番の時も
どうせ客席からわからないのだから
このうっとうしい靴を脱いで
そのまま舞台に上がってしまおうかと考えた。

昔、ママさんコーラスの舞台の時も
いざ履こうと思った靴が
あまりにも久しぶりだったので
いろいろなところが剥げ落ちていて
「どうせ遠くからではわからない!」
と判断して、
剥げたところを黒のマジックで
ゴシゴシと塗ったことがあった。

まわりを見回すと、お歳を召した方は、
黒のウォーキングシューズに似たものを
履いていらっしゃる。

そうか…
それでいいのか…

来年は間違いなく
今年よりひとつ歳をとっている。
体力&気力も低下しているはずだ。
靴も気張ったものはさっさと脱ぎ捨てて
とにかく黒の履きやすい靴を用意しよう。

フレキシブルだと思っていたわが人生、
いろいろと無駄な思い込みをしているもんだと
ちょっと反省した筋肉痛だった。



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DATE: CATEGORY:一言いわせて
40年ぶりの予防接種をしたが、
それを信じているわけではない。

数年前は会社で予防接種をした夫チャルメラが
インフルエンザにかかり
予防接種しなかった私と娘キャンドルは
「まったく~~」と文句を言いながら
めんどくさくて
特にチャルメラを隔離することなく、冷遇だけして
何事もなく日々を過ごした。

他にも
予防接種したにもかかわらず
二度も罹患した友達がいたり、
同じ兄弟でも
必ず罹患するお兄ちゃんと
絶対かからない妹のうわさも聞く。

昨年までは
私とキャンドルの間には
「予防接種したら
 インフルエンザにかかるよね」
と科学的根拠のない暗黙の了解をしていた。
それでも、ことしは状況が変わり
ふたりとも「イヤダイヤダ」と言いながら
予防接種した。

私にしても
予防接種をしてインフルエンザに罹るのと
予防接種をしなくて
インフルエンザに罹るのでは
社会人としての責任の有無の在り方が違う。

予防接種は
インフルエンザに罹らない魔法ではない。
重症化しないための摂取である…
…らしい。

そこでふと考える。
「重症化しない」ということは
「罹っても軽くてすむ」
ということで、それは
「罹ったことに気が付かない」
ということで
「そのまま会社に行く」
「学校に行く」
「買い物に行く」
「電車に乗る」
ということになり、
実はインフルエンザのウイルスを
ブンまいていることになるのではないだろうか。

…とちょっとだけ心配しているのだが
そのあたり、厚生省はどう考えているのだろう。


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DATE: CATEGORY:ひっそりと
地球にやさしく
とか
環境問題
とか
他人様が不愉快にならない程度に
それなりに行動をしているが、
実はそんなに
真面目に考えていない。

今日の私が楽できれば
それでいい。

それでも今年の気象はちょっとおかしくて
いつまでたっても
寒くならない。
音楽ボランティアでも
「たき火」を歌うのもちょっと
季節外れまでいかないが
「思わずくちずさむ」という雰囲気に
なかなかならなかった。

温かいと
富士山の雄姿も冴え渡らない。

今朝は
雄大な富士山が見える。
うれしい!
うれしい!


そうなると、
地球温暖化の問題なども
どうにかしないとと思う。
それでも暖房費などのことを考えると
「頑張れ!暖冬」
と声を上げそうになるが
暖冬の年は積雪が多いんだよな…



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DATE: CATEGORY:ひっそりと
デイサービスにいるカネ子さんは
認知症がかなり進んでいる。
トイレをすませて、
「さあ、手をあらいましょうか」
と声をかけると、
便器に手をいれようとするので
気が抜けない。
昔は学校の先生だったそうだ。

フエ子さんは足の運びが悪いが
とてもしっかりしている。
それでも私が観察していると
ひらがなが読めないようだ。
「ショウガイシャ枠」という言葉を聴いたことがある。

フエ子さんはどんな子ども時代だったのだろう。

私が子どもの頃に通った小学校にあった
○○学級というものを思い浮かべた。
障害者学級である。

もう40年以上も昔の話だ。
児童に対して人権教育もなされていなかった。
なので○○学級の子どもたちは
いじめられたり、バカにされたりしていた。
そしてそのころの小学校は
先生自身が表ざたにならない鬱屈した問題が
いたることろにあった。

フエ子さんはどんな子ども時代をすごしたのだろうか。


フエ子さんはカネ子さんによく声掛けをする。
フエ子さん自身は足元が不自由だから
座ったまま、声掛けをする。

「カネ子さん、こっちに座るんだよ」
「カネ子さん、勝手に動いちゃだめだよ」
「カネ子さん、ご飯はお箸をつかわなきゃ」

カネ子さんはいつも
「あら、そう?」
と我関せず、お返事する。
何度かそんなことが続くと
ちょっとフエ子さんの語気が荒くなる。


私の考えすぎかもしれないが
フエ子さんは何かに対して
復讐をしているような気がすることがある。


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DATE: CATEGORY:音楽
絶対音感というのも人それぞれで
特定の楽器だけわかる人や
全ての音が音階で聞こえる人や
440Hzでないと許せない人などがいるらしい。

私の絶対音感はどんなものかというと
ピアノの音は「ドレミファソラシド」の言葉として聞こえる。
それ以外の楽器ではどうかというと
わかることもある。
人の声はわからないことが多い。

さて、ここで問題が発生する。

まず言葉ありき

ようするに絶対音感が身に付いた時期に
私の音階を表す言葉は
「ドレミファソラシド」しかなかったので
それ以外はひとくくりに「黒鍵」という言葉が与えられ
わからないではないけど
判別しにくいのは確かである。

高校生になって新たな問題が発生する。
吹奏楽でクラリネットを始めた。
脳内でB♭音階をドレミファソラシドと
認識する日々が続いた。
加えて40歳を過ぎてから
小学校の金管バンドでボランティアを始めた。
実際に声を出して
B♭音階をドレミファソラシドと喚き散らす。
(Es音階もあるが)

それでどうなったかというと
相変わらず音は「ドレミファソラシド」と
言葉が聞こえるが、
それが実音なのかB♭音階なのか
判別できなくなった。

まあ、実生活で
絶対音感なんて必要ないので
堂でもいいわけだが、
一度とても困ったことがあった。

そのころは発表会前になると先生にお声掛けを頂き
ピアノのレッスンを受けるという
季節労働者のような年間スケジュールだった。

金管バンドのボランティアが終わって
その足ですぐピアノのレッスンに言った時のこと。
ピアノの前に座って
練習曲を弾き始めると何かが違う。
落ち着いてよく聴いてみると
先生宅のピアノがB♭音階をしゃべっているのだ。
要するに「ドレミファソラシド」と弾くと
「レミファソラシドレ」とピアノがしゃべる。



仕方がないから
先生に「ちょっとすみません」と断りをいれ、
「ドレミファソラシド」と言いながら
数回ピアノを弾いた。
3回目あたりで
ピアノが「ドレミファソラシド」としゃべったので
安心してレッスンを続けた。


一度、自分の頭の中をカチ割ってみたい…


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DATE: CATEGORY:音楽
絶対音感という言葉が世間の注目を集めて
かなりの年月がたった。
昔は、
少なくとも30年前までは
音楽をやっている人の中でも
そんな概念が一般的ではなかった。

私が子どもの頃お世話になったピアノの先生は
私の聴音能力に驚いていたし
吹奏楽の顧問や一家言を持つ生意気な部員も
私が実音を言い当てるのが
偶然だと思っていたようだ。

そうなのだ。
私には絶対音感があったのだ。
子どもの頃はピアノが「ドレミファソラシド」と
日本語をしゃべっていると思っていた。

絶対音感はあこがれの対象でもある。
うらやましがられることもある。

でも不便なこともある。

仕事場のデイサービスにはキーボードがある。
高齢者は音域が低いこと多く
出回っている楽譜だと歌いにくいので
適当に移調するのだが、
そんなこと、すらすらと出来るはずがない。

キーボードに移調機能が付いていることを
発見した時はうれしかった。

これで、どんな楽譜も対応できる!

喜び勇んで
キーボードを使って利用者さんの伴奏をした。

ところが!

楽譜上の音と
キーボードから出てくる音と
私の脳内で発せられるドレミが一致しない。
落ち着いて何かをリセットすれば
どうにかなったのかもしれないけど
結局はどうにもならないまま
適当に誤魔化してしまった。

その後も、
何度か移調機能を試してみたが
最初はよくても、
曲の途中から脳内ドレミの制御が出来なくて
最近ではこの機能を使うより
地道に練習を頑張ることにした。

そんな絶対音感も
いろいろと狂いが出てきて
それはそれでひどく具合が悪いが
それはまた、別な話。



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DATE: CATEGORY:実はお仕事
校庭開放のスタッフをやったり
理科支援員をやったりしてはいたが、
比較的長い間、専業主婦だった。

校庭開放のスタッフも
理科支援員も
働いているというよりも
参加しているという雰囲気だったので
のんびりとしたものだった。

このままずっと
専業主婦でつつましやかに
歳を取っていくのだろうと思っていた。

5年前に引っ越しをして
それまでのお付き合いが一新され
引きこもり生活を楽しんでいたが、
一歩外に出る余裕が出来たので
音楽ボランティアをしてみることにした。

最初の音楽ボランティアが
かなり手ごたえがよかったので
場数を踏もうと思って
新規開拓していたら
「ボランティアより働きませんか」
と声を掛けてもらった。

ボランティアに行ったら
働かないかと声を掛けられた。


このフレーズは
私自身、なかなかカッコイイと思った。
働き始めた理由を説明するのに
私のプライドを満足させるのに
充分なフレーズだった。

50歳を過ぎてからの社会復帰は
「そんなつもりじゃないのに!」
「話が違う!」
と戸惑うことも多い。
いつまで続けるかもわからない。

今日は勤労感謝の日。


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DATE: CATEGORY:一言いわせて
子どもの頃は
全ての面において未熟なので
大人の手を煩わせる。
「そのうち出来るようになる」
という期待があるし、
誰もが通る道だから気にはならないが、
人生において最初の「障害者時代」であると思っている。

ベビーカーを使っていたころ
歩道のちょっとした段差が、とても不便だった。
車椅子の人はもっと大変だろうな、と思った。
そのベビーカー時代は
私が体験した二度目の「障害者時代」である。


茨城県で物議を醸し出している。

妊娠初期の検診で
障害児の出産を減らすことは出来ないのか。

字面だけみれば
「定期健診してガンの早期発見を」
というキャッチフレーズに似ている…


私が気になったのは
最初の発言者が71歳の女性だったことだ。
いや、このさい
女性、男性は関係ない。

71歳かぁ…

いろいろな高齢者がいるから断言はできないが
私はその発言者に
「あと10年もすると、あなたも立派な障害者」
と言いたい。

母も71歳の頃は
憎たらしいくらい元気だった。


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DATE: CATEGORY:音楽
大学の時に
第二外国語としてドイツ語を取った。
ありとあらゆる手段を使って
ギリギリ単位を落とさなかった。

そんな分際で
「ドイツ語を読むのはそんなに難しくない」
という印象を持ってしまった。
ドイツ語は英語に比べて
「例外」がほとんどなく
発音に関して言えば
ちょっと複雑なローマ字という印象だったのだ。

それから時を経ること幾星霜、
ひょんなことから
本格的な合唱団に入り、
ドイツ語を歌うことになった。

どうにかなるだろうと
たかをくくっていたが
何故か同じフレーズでも
歌えたり歌えなかったり、
出来たり出来なかったりで
行きつ戻りつ、
日本語的ドイツ語も危ぶまれるような状態で
ステージに立つことになってしまった。

そんなステージを三回ほど繰り返したことになる。

練習の時も
「ここが出来なかった。
 次回はちゃんと練習して来よう」
と決心するが
練習場を後にした途端、
決心はすべてどこかに行ってしまう。

50年以上も生きていると
人類なんてそんな後悔の繰り返しだということも
薄々わかってきてはいるが、
そろそろ、
「ドイツ語はわからないけど、
 読むことは出来る」
という人生を歩んでみてもいいような気がする。


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