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藤野 法螺貝

Author:藤野 法螺貝
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DATE: CATEGORY:ひっそりと
ジャガイモというのはよくわからない。
一年の半分は
「新じゃが」が出回っているような気がする。
要するに、
日本列島が東西南北に伸びているからというのが
その理由らしいのだが
どちらにしても新ものはなにか心がざわめく。

今、わが街の野菜の路地販売は
新じゃが祭りである。
ということは我が家の野菜室も
新じゃが祭りである。

ということでジャガイモもまな板に並べて
娘キャンドルに
「このジャガイモ、どうしようか」
と相談したら、間髪入れず
「イモ餅!!」と答えた。
思いもかけない答えだったので、再度
「他には?」と言ったら
「ジャガイモ餅」と再度、畳み掛ける。

仕方がないので作ってみることにした。
キャンドルの主張は
「ジャガイモをチンして片栗粉をいれて丸めて焼く」
ということだったので
まな板のジャガイモを何等分化にして
電子レンジに入れてチンし
しゃもじや泡立て器を駆使してジャガイモをつぶし
どさりと片栗粉を入れて混ぜる。
片栗粉の袋には「国産のジャガイモ使用」と書いてある。
100%ジャガイモ料理である。

味付けに塩を間パラパラと入れて
ジャガイモ100%を手に取り
小さいおにぎりを作るように丸めていく。
この時、えもいわれぬ心地よさが
私の手のひらに広がった。
何と表現したらよいか、
とにかくジャガイモ100%の優しさが
掌を通して私を包み込んだ…
そんな気がした。

フライパンに油をひき
両面をゆっくり焼いていく。
片面を焼いているときに
使った道具をゆっくりと洗い、
もう片面を焼くときに
それ以外の準備をする。
それくらい、ゆっくりとゆっくりと弱火で焼いた。

出来上がったジャガイモ餅は
本当にお餅のようにモチモチとしていた。
味は厚手のポテトチップスで
それだけで十分に美味しい。
想像以上の幸せに包まれて
キャンドルの思いもかけない発想を絶賛しながら
掌の優しい感覚と共に
ジャガイモ餅はあっという間に
我らの胃袋に収まった。


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DATE: CATEGORY:一言いわせて
朝の連続テレビ小説の「とと姉ちゃん」の
気風のいいおばあさんであるところの滝子さんが
ひっそりとお亡くなりになった。

戦局がきびしくなってから
すっかり体調を崩して
弱々しく病床に臥せっておられたが
背筋をぴんと伸ばしたまま退場した。

最初にこの滝子さんを見た時は
宝塚の後輩にあたる天海祐希さんと
勘違いしてしまったが、
そんなことはまあ、どうでもいい。
その姿があまりにも若々しいと
いろいろなところで話題になっていたが
晩年、髪をおろしての病人スタイルには
わたしも言いたいがある。

白髪があまりにもキューティクルすぎる。

あんな艶々とした老婆の白髪が
この世に存在するのだろうか。
病床でのヘアスタイルで
その白髪のキューティクルが一層際立って
それがこの朝ドラのなにかを
象徴しているようだ。

いろいろな意味で
右往左往している自身の髪の毛を
もてあましている私としては
そのキューティクルの存在で
ドラマに入り込めなかったりする。



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DATE: CATEGORY:一言いわせて
コストコで衣類用洗剤を買った。
もちろんかなりの大容量である。
そして今日、いままで使っていた洗剤を使い切り
詰め替え用の容器に新しい洗剤を詰替えたのだが、
新しく買った洗剤は今までの物とちょっと違う。

それで少し心配になって
普段は存在を無視する注意事項などを
まじまじと眺めた。

もちろん、
詰め替え用容器は専用のものをお使いください
と書いてあるが無視する。
そうして目立つように
「すすぎか一回でOK」
「漂白剤必要なし」
と書かれている。

どうなんだろう。

実は最近、結婚して20年目にして
漂白剤の謳い文句に惹かれ
漂白剤の導入を始めたばかりだ。
洗濯機を新しくしたばかりなので
何故かすすぎは自動的に三回にセットされる。
一回にセットするには
セットボタンをピッピッピと何度も押さなくてはならない。

新しい洗剤には
小さい字で申し訳なさそうに
「漂白剤やすすぎの回数は気にしなくていいよ」
と書いてある。

それぞれ主義主張はあるにしても
せっかくの最新技術が相殺されるような
そんな無意味なことはやめて
何か一つ方向性を決めようよぉ…

お天気と相談しながら
洗濯物を前に
やるせなさを感じている。


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DATE: CATEGORY:出来事
娘キャンドルが片目を押さえながら帰宅した。

目が痛い。
何か入ったみたい。

目薬をさしたり
水道水で目を洗ったり
いや、浸透圧の関係もあるからと
生理食塩水をつくったり。
そういえば、
向田邦子の小説「寺内貫太郎一家」の中で
石の粉が目に入ったら風呂に入るというのがあった。
キャンドルに「シャワーを浴びておいで」と指示したり。

それでもまだ痛そうだったから
ネットで調べてみたが
目新しいことはあまりない。

と思ったら
「唾を吐く」というものがあった。

本当だろうか…

その時ふと
今をさかのぼること25年前、
母とのやり取りを思い出した。


それは私がものもらいになった時のこと。
目が腫れて日常生活が滞るほどだったので
母に眼科に行きたいと告げた。

それならベランダで
「カラス、カラス目のゴミ、とってくれ、ピッピ」
と言ってこいと言い出す。
抗議を試みたが他にやることもなかったので
ベランダでボソボソと「カラスカラス…」と呟いた。
指示に従ったが状況は改善しないと
さらに語気を強めたが
母は「ちゃんと唾を吐いたのか」と
さらに難題を突き付ける。

私の眼が痛いのは
ゴミではなく、ものもらいだ。
それは一目瞭然ではないか。

しかし母は本気だった。
言われた通りにしないと病院に連れて行かないと
その背中が物語っている。
仕方がないのでベランダに出て
天に唾を吐いて、
私はやっと病院に連れて行ってもらった。


キャンドルにも一応
「唾を吐いておいで」と言ったが
嫌だといってシャワーを浴びに
バスルームに向かった。

今朝、キャンドルの眼を見ると
特に異変はなかったので
安心している。



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DATE: CATEGORY:ひっそりと
近所に障害者施設がある。
その一角に売店があって
障害者の人たちの手作りの品々が
センス良く並べられている。

思わず手に取って眺めてしまうほど
それらは愛らしい。
けど、私は買わないなぁ…

その昔
どこか旅行に行って
キーホルダーとか置物とか
民芸品を「旅の思い出に」なんて言いながら
買っていたが
そうやって買ってきたものは
例外なくどこかに飾られるが
例外なくそのうちうっすらと埃をかぶり
色あせる。
そんな経験をもう幾度となく経験したので
この類の小物は黙殺することにしてきた。

ここで売られている
これらの可愛らしい小物を買う人は
どんな人なんだろうか。
どんな生活をしているのだろうか。
日々、棚の埃を払い
季節によって、
またはその日の来客によって
これらのかわいい小物が入っている箱を取り出し
微笑みと共にその箱の蓋を取る。
そんな生活をしているのだろうか。

私とは全く異なる
デオキシリボ核酸を持つその人物に
お会いすべく、
この可愛らしい小物に憑依して
その人のお宅までついて行ってみたい。
ただ、私が憑依した小物を買った人が
かつての私みたいな人だったら嫌だなぁ…

その売店をウロウロし
ボンヤリとそんなことを考えていた。



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DATE: CATEGORY:出来事
イベントでベニバナを一束購入した。
今年は花が遅いということで
蕾ばかりの花束だったが
係の人が
「水をきちんとやっていれば必ず咲きます」
と力強くおっしゃったので
安心して家に連れて帰った。

連れて帰ったベニバナは
ガラスの花瓶にざっくりと活けようかと思ったが
花瓶の横に
何故か捨てれらなかった焼酎の陶器瓶があるのに気づき
それに活けることにした。

花瓶でない物に花を生けるのは難しい。
陶器瓶だから口が狭く
ベニバナすべてか活けられない。
ビールを買った時についてきたコップなどを
総動員したので
リビングがちょっとしたベニバナ畑のようになった。

最後に水を入れる。
水を入れた花瓶と化したコップを窓際に飾り
いよいよ花瓶と化した焼酎の瓶に水を入れる。

入れても入れても
満杯にならない。


あのとき焼酎を飲んだコップを
何度も陶器瓶運ぶうちに
何故か空恐ろしくなったが
何も考えないようにして
やっと水が溢れ出た焼酎の陶器瓶を
棚に置いた。

花数は少ないが
リビングの様子が一変した。

朝になってリビングに入ると
硬かった蕾のいくつかが
幼子のちょんまげのような花びらをつけていた。
コップの水がかなり減っている。
コップの水を入れ替え
焼酎の陶器瓶もヨッコラショと持ち上げ
中を覗くと水面が見えない。
水の減り具合が
ベニバナの生命力のバロメータのようだ。

しばらくは
ベニバナの花とその生命力を楽しめそうだ。


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DATE: CATEGORY:音楽
きっと、もう50年以上も前のこと。

私は歌を歌っていた。
得意になって歌っていた。
母が言った。


もっとちゃんと歌いなさい。

エッ…
ちゃんと歌ったよ。

だめ!
もっとちゃんと歌いなさい。

ちゃんと歌ってるよ。

きちんと歌いなさい。


母は何度も「ちゃんと歌え」とはいうが
もちろん、具体的な方法は示せない。
どこが「ちゃんとしていないか」も指摘できない。
そして私は、
その時から無邪気に歌うことが出来なくなった。

父方の祖母は正真正銘の音痴だった。
母はいろいろと心配したのだろう。
気が付いたらオルガンを習っていた。

母は私にピアノを与え
歌を奪った。

その横で母と妹は自由に無邪気に歌を歌う。


ピアノを習い、
吹奏楽を経験し
いろいろな場面で音楽と接してきた。
指導者として声で音楽を表現することもある。
実は無責任なコーラス部員でもある。

耳も肥えてきた。

「レ・ミゼラブル」のフラッシュ・モブを見て
「民衆の歌」が気に入った。
ネットを駆使して楽譜と歌詞を手に入れた。
自分の肥えてきた耳で
失った歌への無邪気さを取り戻したい。



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DATE: CATEGORY:介護
認知症の母は
自分が認知症とはつゆほども疑っていない。

先日、母が通っているディから
「迎えに行ったけど返事がない」
と連絡があった。

あわててあれこれ考えて
万が一ということも考えて
震える手で確認のため母に電話すると
「今ね、お散歩から帰ってきたのよ」
と非常にのんきな声が返ってきた。

万が一のことを想像していた私は
哀しいまでに拍子抜けしてしまう。


お母さん、
お母さんはね、国が認める後期高齢者なの。
後期高齢者ということは
何があってもおかしくないということでね、
迎えに来てくれたディサービスの人も
すごく心配していたのよ。
私も夜中に何かあったんじゃないかって心配して
お隣さんに「雨戸開いていますか?」って
電話して確かめたのよ。
お隣さんにまでご迷惑をおかけしたのよ。
ケアマネさんにもご迷惑をおかけしたのよ。
お散歩に行くときは
カレンダーを確認して
ちゃんと予定を確かめてからにしてね。


私の説得は
認知症の母にどれだけのことが
記憶に残っただろう・・・。

母のキーワードは
「みっともない」
である。
もちろん、迷惑をかけることも
「みっともない」ことだ。
「みっともない」「みっともない」
と言われながら
私は育てられた。

今、そのキーワードを使って
静かに
母をコントロールしている。
静かに、静かに
コントロールしている。


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DATE: CATEGORY:出来事
馬鹿の考え、休むに似たり

そんなことわざがあるが
人生、50を過ぎたら
世の中そんなに甘くはないことがわかった。

馬鹿な考えはただただ疲れるだけである。

母のこれからのことは心配と不安が尽きないが
考えても考えてもなるようにしかならない。
時間がすぎないと結果がでないようなことを
あれこれ考えても「その時」でないと手が打てない。
明日の心配は明日でないと解決しない。
他人様の苦労を心配しても何が出来る訳ではない。
テレビドラマの成り行きも、私が心配することではない。

それでも私はいろいろと考える。
考えて、考えて
疲弊する。

それだけではない。
ハンバーグの作り方を迷ってもへとへとになる。
買い物に行くために家を出ても
最短距離をあれこれ考え
「歩くのめんどくさいな」なんて考えていたら
もうそれだけでへとへとになる。

馬鹿な考えは「休み」ではない。
そういえば、
脳を使うために消費するエネルギーは
かなりの数字をはじき出すとも聞く。
無駄な考えはただただ疲れるだけだ。
本当にこれからは
「考えないテクニック」や
「悩まないテクニック」が必要だと
しみじみと思う。

しみじみと思うが
これが本当にむずかしい。

昨日、約一週間ぶりに少年が保護された。
山道を数キロ歩き
一週間、水だけですごしたという。
きっと彼は余計なことを考えなかったんだろう。
なんだかそんな気がする。

日々、余計な心配事しかしていない私は
そんな彼をひっそりと師匠と呼ぶことにした。


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DATE: CATEGORY:一言いわせて
いろいろな意見はあると思うが
私自身、ここ最近は

長生きを目標とはせず、
健康情報には目を背け
病院通いに費やす時間を
自己満足満載の充実した人生に捧げたい。


そんなことをぼんやりと考えるようになった。
「体に良い」という謳い文句が
美味しさ以上にもてはやされるのも
我慢がならない。
健康の奴隷になってはならない。
本来の人間らしさを取り戻そうではないか!!

そんなこと声高々に謳い上げている。
ところが…

〽 ああ、それなのに
     それなのに

新茶がもったいないと
ご飯に入れて混ぜご飯を作るとき

うん、身体にもいいからね!

とつぶやいている自分がいる。
長年刷り込まれた思考回路は
カナシイまでに健在である。


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